5月15日(水) 晴れ 気温28℃
きょうはいよいよ帰宅。でもスンナリ帰らず、寄り道するのが私のクセ。
朝、博多を出て、小倉駅で荷物をコインロッカーに預け、門司港駅に着いたところ。
2年前に下関から人道トンネルを渡って門司に入ったことがあります。
久しぶりに「門司港駅」が見たかったからなんですが・・・
改修工事がまだ終わっておらず、心残りだったので、今回はリベンジです。
その時は、下関への帰路は連絡船だったので、電車で門司に入るのも久しぶり・・・
終着点(車止)マークがデカいなぁ・・・ 普通は下にあるサイズだよね。
腕木式信号機っていいよね。
今も残っている駅をときどき見かけます。
動いているところを生まれてこの方、一度も見たことありませんけど・・・
では、改札を通って中に入りましょう〜
門司港駅 大正3年(1914)竣工(辰野金吾の東京駅と同じ年です。)
国指定重要文化財
もちろん、今どきの自動改札。駅員さんの制服がレトロ。
昔の門司港駅は、下関に渡る連絡船乗り場を結んで、乗客をピストン輸送していたし、貨物も相当な量があったんでしょう、構内の広さから想像できます。
外観
うわ〜〜、すっかりキレイになっちゃって〜
大正3年の竣工当時の姿に戻したようです。
以前は、昭和初期の改造で、2階の窓下全面に大きな庇が付いていたので、
上部がまさに取って付けたような見た目で、アンバランスな印象でした。
不自然さを感じつつも、こういうものかと思っていましたが・・・
やはり復原後のほうが、ネオルネサンス様式の建築らしい姿で、素敵です。
白さが際立って、清潔感に溢れた姿になりましたね。
最初に来た時は駅前に噴水なんて無かった気がするな〜
昔、バナナの叩き売りしていたということで、観光用のパフォーマンスをやってたように記憶しているけど・・・?
トイレには昔の手水鉢。 昔の水洗トイレも復元されていた(使用不可)。
客溜まり(コンコース)も広いね〜
昔の切符売り場に自動券売機があるのも面白いですね。
昔の三等待合室はスタバが・・・
そういえば、今は観光案内所になっている旧奈良駅舎にもスタバ入ってたな〜
スタバあるだけで人が集まるもんねぇ
旧小荷物取扱室は現在、待合室。
門司港駅の歴史と今回の改修工事の様子をビデオで流しています。
2Fに上がる階段。
この日は食堂はお休みで、ここを上がれません。別階段で上ります。
昔は貴賓室と食堂があったそうです。
現在は、どちらも食堂として営業している。
食堂は、一時閉店していたそうですが、復原とともに再開したのだそうです。
旧貴賓室
門司港駅舎を堪能したところで、(できれば食事もしてみたかった・・・)
前回見残したところに行ってみます。
九州鉄道記念館
九州を走った歴代の車両が並べられている。
「にちりん」は今回も乗りましたが、古くからある名称だったんですね。
寝台特急「さくら」は乗ったことがありますよ。
友人3人で、生まれて初めて九州に来た時に乗りました。懐かしいな〜
あの頃は、九州って遠かったもんな・・・
乗務員さんが、ベッドをセットしに来てくれて、
窓際の真ん中にあるバーの取っ手を左右に引っ張るとハシゴになるんですよね。
でも、私のお目当ては、どっちかというと建物のほうです。
「旧九州鉄道本社」明治24年(1891)竣工
国登録有形文化財
「九州鉄道会社」は明治40年(1907)に国有化された。
さて、お昼ご飯にしよう。
ブログ友さんたちが、門司で瓦蕎麦を食べたという話や、家で作ったという記事を続けて見たので、食べてみたくなった・・・
時間調整して、開店時刻にお店に行ってみたら、ナントお休みでした〜〜
仕方がないから、向かいの焼きカレーのお店に入った。
前回も焼きカレー食べたけど、ここも美味しいという評判だからいいか・・・
焼きカレーって、自分でもカレーにした翌日のアレンジで作ることありますが、
たこ焼きと同じくらい、猫舌には厳しい食べ物なんですよ。ナァ?ウン!
レトロ地区を歩いていたら、出光美術館で長谷川等伯の展覧会を開催中というポスターを見かけた。
等伯ファンとしては、良いチャンスだと思って、入ってしまった。
おかげで、門司港を離れるのが1時間遅くなった。
名残惜しいですが、門司港にお別れして、今度は門司に向かいます。
門司港と門司って、すごく近いのかと思ってて、歩いて行こうかと考えていたが、
間にひとつ小森江駅があるので、それはムリそう。
門司駅
「門司駅」は、昔は「大里(だいり)駅」という名で、現在の「門司港駅」が
「門司駅」だったという、ややこしいことになってます。
関門トンネル開通を機に、現在の名称になったとか。
門司でのお目当てはこれです。
「門司赤煉瓦プレイス」
国登録有形文化財
大正2年(1913)に「帝国麦酒株式会社」の麦酒工場として操業。
社名を変遷しながら「サッポロビール九州工場」として使用されていたが、
平成12年、工場移転により閉鎖された。
旧サッポロビール醸造棟
「門司麦酒煉瓦館」(旧事務所棟)
カッコいいな〜〜
事務所棟は資料展示館、醸造棟はレストラン、左手前の倉庫はイベントホールに利用されている。
この工場群の前の道は、長崎街道・門司往還で、ここは大里宿のあった跡だという。
「門司往還」は小倉から大里までの短い区間で、
大里(だいり)宿は、赤間関(下関)には海上約一里半(5.9km)小倉へは一里十九町十七間余(約6km)で、全長646mの街道沿いに軒を連ねた小さな宿駅だった。
赤間関への渡海地だったそうです。
江戸時代は、この地から下関へ渡っていたんですね。
本陣、脇本陣、長崎番所が置かれていたとありますから、小さくても重要な宿場だったようです。
一時期、安徳天皇が住んでいたので「だいり」という地名なのだとか。
向こうに見えているのが「彦島」か・・・
赤煉瓦館も素晴らしいし、大里宿のことも分かって、門司に寄ってみてよかった。
小倉駅に戻って、折尾の名物駅弁「かしわめし」を買って新幹線に乗り込む。
鉄道番組で見た、折尾駅の弁当売りのおじさんの歌声が、なぜか今も耳に残っています。
だいぶ前の番組で、レトロな駅舎も新しくなってしまったようだから、
もう、駅売りさんも居ないのかもしれないな〜〜
10連休が終わって1週間も経つと、のぞみはいつものメチャ混み・・・
もう、日常生活が戻ってきたんだね。
名古屋駅でこだまに乗り換えてから、ゆっくり食べました。
旅している8日間で、雨にあって傘をさしたのは、杵築での3時間くらいで、
あとは晴天続き、降っても夜とかで、とてもついていました。
南九州は、今もそこかしこで神話や古代を感じる、不思議の世界でしたが、
私の日本人としての根っこにある何かを揺さぶる旅となりました。
建物や町並みは、まとめ記事にします。お楽しみに・・・
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